「渋谷駅周辺地域の整備に関する調整協議会」における配布資料

2006年になって急遽開始された検討会・協議会のうち、渋谷区が事業者や地元関係者を集めて開いている「渋谷駅周辺地域の整備に関する調整協議会」は公開性が高く、会議における配布資料がダウンロードできるサイトを調整協議会事務局自身が運営していますので、参考資料としてご紹介します。

そもそも「渋谷駅周辺整備ガイドプラン21」は、渋谷駅とその周辺の広い範囲(渋谷副都心整備地域)を対象とし、基盤整備から面的開発のあり方にまで及ぶ総合的な計画だったのですが、3年が経って、特に渋谷駅に関わる基盤整備計画(鉄道や渋谷川など)についてのアップデイトは東京都が主催する「渋谷駅周辺基盤整備検討会」に委ねられ、駅中心地区(コア部分)の面的開発計画についての更新は渋谷区が設置した「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン検討会」に委ねられた格好です。

どちらの検討会も非公開で、かつ地元は参加できないのですが、後者が検討することとなる「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン」については、“調整”ということで、その検討段階の資料が地元の参加する「渋谷駅周辺地域の整備に関する調整協議会」にも配布され、そこでの協議に付されました。重要な資料は以下の4つです。

H18(2006).12.22第3回会議資料「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン(案)検討状況の報告」
(以下、「0612検討状況の報告」)

H19(2007).04.10第6回会議資料「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン(案)」
(以下、「0704まちづくりGL(案)」)

H19(2007).07.19第8回会議資料「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン2007(案)」
(以下、「0707まちづくりGL2007(案)」)

H19(2007).10.26第10回会議資料「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン2007」
(以下、「0710まちづくりGL2007」)

「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン」というのは「渋谷駅周辺整備ガイドプラン21」に名前が似ているし、自らもその後継であると説明しています。しかし途中から明瞭になってきたのは、渋谷駅周辺の都市再生緊急整備地域指定を受けて、駅周辺で都市再生特別地区の都市計画提案(特区提案)を目論む事業者が、皆で集まって渋谷区と一緒に作った(東京都の指示で?)都市再生特別地区の都市計画作成のためのガイドライン(指針)、もっと端的に言うと各事業者がそこに盛り込むべき施策のメニューという側面です。

各バージョンの間の変更の特徴を簡単に説明すると、「0612検討状況の報告」から「0704まちづくりGL(案)」への第1次変更は、主に「渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン検討会」における議論を反映しているものと思われ、「0704まちづくりGL(案)」は「検討会案」と言ってもいいものです。それに対して「0707まちづくりGL2007(案)」は「地元調整案」とでも言うべきもので、「0704まちづくりGL(案)」から「0707まちづくりGL2007(案)」への第2次変更は、「調整協議会」における地元との率直な協議の過程で渋谷区が行った調整です。そして「0707まちづくりGL2007(案)」から「0710まちづくりGL2007」への第3次変更は、区が地元と行った最終的な文言修正というわけです。

この3次にわたる変更、4つのバージョンの間で、「まちづくりガイドライン」がどのように変わったのかを「ガイドライン2007が出来るまで」と題する一覧表(PDFファイル)にまとめてあります。一覧表を横に読めば各ページごとの変遷を追うことができるし、縦に読めば各次ごとの変更の特徴が分かり、その間の検討会や協議会での議論を想像することができます。しかし全てを具に追うほどの時間はないという方のために、以下、変更過程の見所を3点ほど紹介しておきましょう。

見所1:「風の道」が消えていく

「0612検討状況の報告」の「戦略2:“谷を冷やす”」(P9,10)を見ると、そこには「谷地形を活用した環境と一体化したまちづくり〜水と緑の軸、風の道の形成〜」とか、「方策3:風の道・水と緑のネットワークにより、潤いのある都市空間の形成」といった文言が並び、谷を渡る「風の道」の確保が渋谷らしいヒートアイランド対策として意識されていたことが分かります。ところが「0704まちづくりGL(案)」の該当するページは一転して、高効率エネルギーシステム、クールスポット、屋上緑化といった一般的なヒートアイランド対策手法のオンパレードで、「風の道」はわずかにクールスポットの説明図の中の小さな書き込みとして残るのみとなります。

検討会でどのような議論があったのか分かりませんが、ここには第1次変更の特徴がよく現われていると思われます。「0612検討状況の報告」が、都市再生緊急整備地域の整備方針や渋谷の独自性・課題の分析から、駅中心地区が果す役割を導くことに力点があったのに対し、「0704まちづくりGL(案)」は、駅中心地区が果す役割(駅中心地区のまちづくり方針と名前を変えて)をまず提示し、その役割を果すために各事業者が個別に対応可能な具体的方策やその実現イメージを、メニューのように並べることに力点が移っていたのです。「0704まちづくりGL(案)」が地元に開示された日の翌日、業界の新聞はこのガイドライン(案)を、「ガイドラインには都市再生特別措置法に基づく都市再生特別地区(特区)制度の活用に必要な“公共貢献”の内容が盛り込まれ、ガイドラインに沿った開発計画にすることで、容積率規制の緩和や税制優遇措置が受けられることになる(2007.4.11建設工業新聞)」と報じていました。

見所2:「歩行者ネットワークについては、地上部をメインとする」

「0704まちづくりGL(案)」の「戦略3:“都市回廊を創出する”」(P11,12)と、「0707まちづくりGL2007(案)」の該当するページを比べてみると、ページ右上の「まちをつなぐ多層的な歩行者ネットワーク形成のイメージ」が大きく変わっていることに気づくでしょう。この図の変化が第2次変更の目玉です。そもそも歩行者ネットワークの整備が渋谷駅周辺のまちづくりの課題であることに誰も異存はないのですが、「渋谷駅周辺整備ガイドライン21」以来、その方法をめぐって意見の対立があることはこのサイトをご覧の方は先刻ご承知でしょう。「0704まちづくりGL(案)」の「歩行者ネットワークの形成イメージ」は、歩行者デッキが駅の周りを縦横に飛び交うものですが、「渋谷を地面の上を歩ける街にしたい」という地元の強い主張に沿った調整の結果、「0707まちづくりGL2007(案)」にあるような図になったわけです。

実際の空間として、地上を歩きたくなるようなまちづくりに渋谷が成功するかどうかは、これからの事業者・行政・地元の3者による「恊働のまちづくり」の成否にかかっています。「恊働のまちづくり」というのは、それぞれ利害が異なるのに合意はしなければならない強い動機を持つさまざまな立場の人々が協議のテーブルを囲み、情報を共有することによって、相手の立場を理解しつつ自らの譲れない処を絞って合意できる形を創り出す、創造的な恊働作業のことです。渋谷では、文化街区を含む渋谷駅東口地区地区計画における合意形成過程にその萌芽を見ることできます。

見所3:「まちづくりガイドライン」を策定するのは誰か

「まちづくりガイドライン」の第1ページには、「はじめに」として、「まちづくりガイドライン」を策定するのは誰か、またそれについて地元と調整を行うのは誰かについて説明があります。4月の「0704まちづくりGL(案)」、7月の「0707まちづくりGL2007(案)」、10月の「0710まちづくりGL2007」と並べてその部分を読み比べてみると、説明の微妙な変化を読み取ることが出来ます。4月の段階では、「行政と事業者の間で、公民パートナーシップによる都市再生をすすめることを目的として、(中略)、「まちづくりGL(案)」の策定を図った」とある通り、「まちづくりGL(案)」策定の主体は行政と事業者の両者であり、また両者が参加する「ガイドライン検討会」が、GL(案)を検討する過程で地元との調整に配慮することになっています。それが7月、10月と時が経つにつれ、「まちづくりGL(案)」を策定する主体は渋谷区であり、地元との調整も渋谷区が自らの責任で行うことになり、更に渋谷区が民間事業者を「まちづくりガイドライン」を指針として誘導するということになります。

このことは、パートナーシップ型から官治型のまちづくりへの逆戻りのようにも見え、「民間の時間感覚にあわせ、事業者の創意工夫を最大限に生かすことを主眼として、(中略)、都市再生上必要となる施策について、国および関係地方公共団体が総力をあげ、(中略)実施に努める」(2002.07.19都市再生基本方針)という都市再生法の趣旨に悖るようにも見えます。しかし「まちづくりガイドライン(案)」に示された民間事業者の創意工夫(?)による渋谷の将来像に違和感を持ったのは、まず地元です。渋谷に50年、100年と居続け、またこれからも50年、100年と居続けるつもりの地元が、そういう立場にない事業者と別の将来を思い描いても不思議はないでしょう。渋谷区は、立場が異なり、価値観の異なる地元と民間事業者の間を調整しようとしているのであり、市区町村など基礎的自治体が持続的な都市再生に向けて果すべき新たな役割がそこにあります。(2007年12月)